●――論 説
福岡県における海岸林保全活動のネットワーク形成と空間スケール戦略
近藤祐磨・291‒312
1934年夏 Walter Christaller の北欧への旅 杉浦芳夫・313‒347
●――短 報
日本における「二地域居住」の実態と地域振興との関係性
――千葉県南房総市および周辺地域を事例に―― 住吉康大・348‒363
過疎地域における高校運動部の位置づけ
――高千穂高校剣道部の事例―― 和田 崇・364‒380
明治前期の陸軍による脚気転地療養地の選定過程 前田一馬・381‒399
●――書 評
地理教育システムアプローチ研究会・山本隆太・阪上弘彬・泉 貴久・梅村松秀・
河合豊明・中村洋介・宮崎沙織編: システム思考で地理を学ぶ
――持続可能な社会づくりのための授業プラン(秋本弘章)・400‒401
寺本 潔: 地理認識の教育学――探検・地理区から防災・観光まで(田部俊充)・402‒403
大野 新・竹内裕一編著: 地域と世界をつなぐ「地理総合」の授業(香川貴志)・404‒405
河島一仁: 職人集団の歴史地理――出稼ぎ鍛冶の地域的展開(中村周作)・406‒408
2021年秋季学術大会プログラム・409‒417
学界消息・418‒419
2021年度公益社団法人日本地理学会定時総会記事・420‒424
会 告・表紙2および425
2022年春季学術大会のお知らせ(第1報)・表紙2
福岡県における海岸林保全活動のネットワーク形成と空間スケール戦略
近藤祐磨
日本学術振興会特別研究員PD・金沢大学
本稿は,基礎自治体の範囲を越えた3つの市民・住民団体が,身近な海岸林を保全する複数の住民団体を包摂したネットワークを各々形成した過程と意義を,環境運動における空間スケール戦略に着目して検討した.その結果,ネットワーク形成を主導する団体は,行政と協調的・補完的な関係ではあるが,同時に行政に対する不満を抱き,活動地域・内容の拡大や,逆に特定地域に限定した活動の集約化といった戦略によって,行政の政策に影響を与えうる独自性を発揮していた.一方で,ネットワークに参加する住民団体は,ネットワーク形成を主導する団体との利害や従前の関係性を考慮して,ネットワークへの関わり方を戦略的に選択していた.本事例からは,ローカルの内部でもさらにスケールが重層化してスケール戦略が展開される実態が浮き彫りとなり,環境運動・環境ガバナンスの研究において,ミクロレベルでのスケールの変容にも着目する重要性が示された.
キーワード:侵食速度,堆積土砂量,傾斜,GIS,沖積低地
(地理学評論 94-4 187-210 2021)
沖縄・多良間島における肉用牛繁殖経営群の動態──2000年と2017年の農家経営の追跡調査から──
大呂興平
大分大学経済学部
沖縄離島部の数少ない有望な農業部門として期待される肉用牛繁殖部門は,2000年代後半以降,停滞している.本稿では,多良間島における各農家の追跡調査を通じて,2000年以降の農家経営と肉用牛繁殖経営の技術的特徴の変化を分析することで,肉用牛繁殖経営群の動態を明らかにした.多良間島では農家の世代交代とともに,サトウキビと肉用牛の小規模経営を組み合わせた労働多投的な精農層が大量引退し,また,経験的技術に支えられた放牧主体の大規模経営も消滅した.これらに代わり,子牛価格の上昇を背景に,粗飼料生産を委託した労働節約的な小規模経営,近代的な施設を装備した中規模経営,採草主体の大規模経営が成立している.特に中規模経営は一般の農家にも単独で生計を立てることを可能にし,継続的な技術蓄積や再投資を誘発している.肉用牛繁殖経営は多良間島の壮年層の幅広い受け皿となっており,今後は産業の規模を維持ないし成長させる可能性が高い.
キーワード:海岸林,環境運動,スケール,環境ガバナンス,玄界灘
(地理学評論 94-5 291-312 2021)
1934年夏Walter Christallerの北欧への旅
杉浦芳夫
東京都立大学客員教授
『南ドイツの中心地』を世に問うた翌年の1934年夏,Christallerはアルブレヒト・ペンク財団の支援によって北欧4カ国の研究調査旅行に赴いた.帰国後にまとめられた旅行報告書からは,彼がこの旅行を通して,新たに農村集落に関するテーマへ関心を広げ,集落配置計画論への指向性を育んだことがわかった.そして,これらの経験は,独自の農村集落形態分類を踏まえたドイツ農村自治体再編研究(1937年)や,ナチ・ドイツ編入東部地域における中心集落再配置の計画論的応用研究(1940・1941年)につながっていくものであった.また,報告書から窺える,北欧の都市ネットワークを理解するのに際しての歴史的な視点と,フィンランドとソ連との間での国境問題といった地政学的な課題への関心は,国家学・歴史地理学者のベルリン大学教授Walther VogelがChristallerを自らの「ドイツ帝国歴史アトラス」作製プロジェクトに共同研究者として招き入れる際の好判断材料となった.
キーワード:Walter Christaller,アルブレヒト・ペンク財団,北欧,景観,都市ネットワーク
(地理学評論 94-5 313-347 2021)
日本における「二地域居住」の実態と地域振興との関係性──千葉県南房総市および周辺地域を事例に──
住吉康大
東京大学大学院生
本稿では,千葉県南房総市と周辺地域を事例に,近年メディア等で注目を集める「二地域居住」に焦点を当て,二地域居住者と地域の実態を明らかにし,人口減少社会における地域振興との関係性を検討した.現地調査を通じて,二地域居住は「田舎暮らし」を希望していても移住は難しい場合の次善策として選択されていることや,事例地域では,大都市部からの良好な交通条件と豊富な自然環境に加え,先駆的なリーダーによる情報発信が機能して,多様な二地域居住者が集まっていることが示された.自治体が行う移住支援策との相乗効果が生まれ,二地域居住者が地域の課題解決を目指す活動も生じているなど,二地域居住が地域振興に寄与する可能性はあるものの,現時点では地域住民からの二地域居住に対する認知度は低いため,地域振興策として二地域居住を推進する際には,リーダーの活動を生かす一方で,自治体が地域住民との橋渡しを行う必要があると考えられる.
キーワード:二地域居住,田舎暮らし,地域振興,千葉県南房総市
(地理学評論 94-5 348-363 2021)
過疎地域における高校運動部の位置づけ──高千穂高校剣道部の事例──
和田 崇
県立広島大学
本稿の目的は,スポーツの地理学および教育の地理学の観点から,高校運動部と地域社会の機能的結びつきの実態を把握し,過疎地域における高校運動部の位置づけを明らかにすることにある.宮崎県の山間部に立地する高千穂高校の剣道部は,保護者や卒業生,町内関係機関や県教育委員会の支援を得て充実した練習環境を確保して競技力の向上を図り,すぐれた競技成績を残してきた.その活躍は町民の誇りとなり,多くの町民が剣道部を同校を代表する部活動として,そして高千穂町を「剣道の町」と認識するにいたっている.剣道部は同校にとって経営資源の1つとなっており,さらに近年は地域経営においても活用すべき地域資源の1つとみなされている.過疎地域の高校運動部は学校の魅力の向上と地域活性化の有効な手段となりうるといえるが,その推進にあたっては,学力・進路保障を中心とする生徒や保護者からの期待に応える教育の実践を前提とする必要がある.
キーワード:スポーツ,教育,部活動,過疎地域,宮崎県高千穂町
(地理学評論 94-5 364-380 2021)
明治前期の陸軍による脚気転地療養地の選定過程
前田一馬
立命館大学大学院生
本稿は健康と場所という視点から,明治前期の転地療養地について検討する試みである.未知の疾病であった脚気の治療法として転地療養を採用した陸軍に着目し,脚気に関する医学言説の分析を通じて,転地療養地の選定過程について明らかにした.1870年代半ばの転地療養は温泉への入浴療養が特徴であったものの,1870年代後半からは温泉のない海浜,平野,とりわけ山間地域が転地療養地として選定された.この変化は,不潔な空気や黴菌を脚気の原因とみるミアズマ説などの西洋医学的見解が有力視されたこと,脚気の治療に良質な空気を不可欠とする見解が,特定の場所の空気に治療効果を期待する気候療法とともに受容されたことで生じた.特に山間地域は結核療養地としての海浜とほぼ同時に,さらに高原に先駆けた療養地として見出だされていたのである.このことは,疾病の原因説の変化によって,場所に対する健康の意味づけも変わることを示している.
キーワード:脚気,転地療養,陸軍,西洋医学,健康と場所
(地理学評論 94-5 381-399 2021)