地理学評論 Vol. 93, No. 2 2020年 3月 - 日本地理学会

●――論 説
東京都における保育所の経営主体からみた保育労働市場の特性
──新卒保育士の採用を中心に── 甲斐智大・61‒84

沖縄県の合計出生率はなぜ本土よりも高いのか
山内昌和・西岡八郎・江崎雄治・小池司朗・菅 桂太 85‒106

 

●――書 評
井上公夫: 歴史的大規模土砂災害地点を歩く(そのⅡ)(植村善博)・107‒108

中澤哲夫: 台風予測の最前線(松山 洋)・109‒110

石原 肇: 都市農業はみんなで支える時代へ――東京・大阪の農業振興と都市農地新法への期待(岩動志乃夫)・111‒112

水野一晴・藤岡悠一郎編: 朽木谷の自然と社会の変容(岩田修二)・113‒115

 

2020 年春季学術大会プログラム・116‒142

学界消息・143‒144

会  告・表紙2,3 および145‒147

論説

東京都における保育所の経営主体からみた保育労働市場の特性──新卒保育士の採用を中心に──

甲斐智大
金沢大学大学院生

本稿では多様化する認可保育所の設置主体間の保育士確保戦略について考察することで,保育サービス供給に関わる規制緩和が保育サービス供給の偏在にいかに影響しているのかを明らかにした.東京都内において古くから保育サービスを提供してきた社会福祉法人は,制度的に公的機関から優遇を受けており,養成校や地域との結びつきの中で,優先的に保育士を確保することができていた.一方,規制緩和によって新規参入が認められた株式会社法人は,保育士採用に関する養成校とのネットワークから排除されているため,採用コストをかけ,地方からも保育士を採用することで施設を増設させていた.このことは,地方出身保育士などによって保育サービスの拡充が図られていることを示している.こうした保育労働市場の構造はニーズに合わせた新規施設の立地を阻害する側面を有しており,単一の制度の中でのサービス供給を可能とすることが望まれる.

キーワード:保育士確保,規制緩和,社会福祉法人,株式会社法人,地域的公正,東京都

(地理学評論 93-2 61-84 2020)

 

 

 

沖縄県の合計出生率はなぜ本土よりも高いのか

山内昌和・西岡八郎**・江崎雄治***・小池司朗****・菅 桂太****
早稲田大学教育学部**フェリス女学院大学国際交流学部***専修大学文学部****国立社会保障・人口問題研究所

本稿の目的は,沖縄県の合計出生率が本土よりも高くなるメカニズムを解明することである.分析では,筆者らが独自に実施した質問紙調査や,政府統計の1つである第4回全国家庭動向調査等を資料として,沖縄県と本土の出生行動を比較した.その結果,沖縄県の合計出生率が本土よりも高いのは,沖縄県に特有の文脈効果の影響,具体的には,多くの子どもを持つことを望ましいとする価値観,結婚前に子どもを授かることへの寛容さ,家系継承が父系の嫡出子に限定されるという家族形成規範の3つの家族観が出生行動に影響を及ぼし,沖縄県の有配偶女性の子ども数が多くなるからであった.考察では,沖縄県における3つの家族観の内実にゆらぎがみられること,所得水準や待機児童などの出生に関連する沖縄県の社会経済状況が本土より劣位にあることを踏まえ,沖縄県の合計出生率が今後低下して本土の水準に近づく可能性があることを論じた.

キーワード:出生力の地理学,結婚出生力,文脈効果,家族観,沖縄県

(地理学評論 93-2 85-106 2020)