交通・通信インフラから見た極東日本のグローバル化
荒井良雄
東京大学大学院総合文化研究科
本稿では,国際交通・通信インフラの変遷を検討することによって,近代日本のグローバル化の過程を論じた.日本のグローバル化は19世紀末に最初の国際定期航路・電信線が整備された段階で,英国の植民地統治を支える交通・通信システム(「英国グローバルシステム」)に組み込まれる形で始まった.産業革命後の英国はインドや中国への交通・通信ルートを拡大していったが,「極東」日本はその延長上に位置し,日本から見た西廻りルートが成立した.一方,太平洋を渡る東廻りルートは米国主導で整備され,日本は新興の「米国グローバルシステム」に否応なく組み込まれた.日本は,国策として定期航路や通信網を維持し,両ルートを確保し続けたが,第二次大戦後は航空輸送や衛星通信の発達,さらには20世紀末のインターネットと光ケーブル網の発達によって米国のプレゼンスが拡大すると,「米国グローバルシステム」へ急速に傾斜することになった.
キーワード:グローバル化,海運,航空輸送,通信,海底ケーブル,日本
(地理学評論 90-4 279-299 2017)
和歌山県串本町におけるイセエビ刺網の共同体基盤型管理の多様性
崎田誠志郎
名古屋大学大学院生・日本学術振興会特別研究員
本研究では,第1種共同漁業であるイセエビ刺網の自主的管理を共同体基盤型管理(CBM)ととらえ,和歌山県串本町の11地区を事例として,同一地域内におけるCBMのミクロな多様性とその形成要因を検討した.イセエビ刺網のCBMを構成する手法は,空間管理,時間管理,漁具漁法管理,参入管理の4類型に分類される.イセエビ刺網の実態や傾向がある程度地理的なまとまりを伴いつつも地区間で異なっていたように,CBMのあり方もまた,地区間・手法間でさまざまな異同がみられた.これらの事例の比較検討から,CBMのミクロな多様性は,地区の自然的・社会的諸条件とその変動に対する漁家集団の応答の積み重ねによって形成されてきたことが明らかとなった.また,CBMが改変・維持される目的にも地区間・手法間で多様性がみられ,漁家集団の性質や意向を反映しながら,CBMの多様化を方向づけていた.
キーワード:イセエビ,イセエビ刺網,共同体基盤型管理,共同漁業権,コモンズ,和歌山県串本町
(地理学評論 90-4 300-323 2017)
2014年2月の降雪による関東甲信地方の園芸施設被害と発生原因
両角政彦
都留文科大学
2014年2月の降雪による園芸施設への雪害の発生形態と発生原因について,関東甲信地方の三つの地域(埼玉県北部地域,山梨県峡東地域,長野県諏訪地域)を事例に,園芸施設の構造特性と気象の変化および地域的要因に着目して明らかにした.園芸施設被害の誘因である降雪・積雪・積雪重量は各地に過去最大規模の被害をもたらしたが,これらに応じて被害が一律に発生したとはいえなかった.被害状況を量的側面(棟数被害率)と質的側面(金額被害率)からとらえると,埼玉北部は量的側面よりも質的側面の被害が小さく,山梨峡東は量的側面よりも質的側面の被害が大きく,長野諏訪は量的側面と質的側面の被害がともに相対的に小さかった.耐雪強度の高い施設ほど被害が少なく,耐雪強度の低い施設ほど被害が多いともいえなかった.被害の差異を発生させた素因として,地域ごとの農業生産形態と農業者による事前対策や発生対処などの対応行動が影響した可能性を指摘できる.
キーワード:降雪,園芸施設,雪害,発生原因,地域差,関東甲信地方
(地理学評論 90-4 324-347 2017)
韓国と中国の旅行ガイドブックにみる東京の観光名所の出現頻度と空間分布
南宮智娜
名古屋大学大学院生
本研究は,韓国語と中国語の「東京」旅行ガイドブックの各3冊に掲載された観光名所を分類し,出現頻度と空間分布を検討した.また,既存研究で明らかになった英語圏のガイドブックの特徴とも比較した.観光名所の分類から見ると,韓国・中国のガイドブックは,商業施設を指向するのに対して,英語圏のガイドブックでは,酒場とレストランを指向する.東京都内の観光名所の空間的分布に注目すると,英語圏のガイドブックでは,JR山手線周辺とその内部に偏在するのに対し,韓国・中国のガイドブックではJR山手線周辺のみならず,近隣の県まで分布が広がる.韓国と中国のガイドブックを比較すると,観光名所の種類別において,韓国のガイドブックは,観賞型観覧施設・保養施設を指向し,宿泊施設も重視する傾向にある.一方,中国のガイドブックは,商業施設・飲食施設を重視する反面,全体的に宿泊施設の出現頻度が低いことが明らかになった.
キーワード:観光名所,旅行ガイドブック,韓国,中国,東京
(地理学評論 90-4 348-362 2017)
黄土高原・陝西省呉起県農村における河岸地域の経済的優位性──呉倉堡郷の行政統計表を用いて──
原 裕太*・淺野悟史**・西前 出***
*京都大学大学院生,**総合地球環境学研究所,***京都大学地球環境学堂
中国の条件不利地域農村では環境保全と住民生活の改善の両立を目標に,耕地の緑化,実施者への有期の食糧・現金支給,農業の構造調整が実施されている(退耕還林).黄土高原ではこれまで行政村を単位とした郷鎮スケールの空間的な現状や問題点の検証は行われていなかったため,退耕還林による成果が均一に波及していない場所の特徴把握や,要因の推定,効率的な対処等が困難であった.本稿では,陝西省呉起県の一地域を事例に,各種社会経済データを用いたクラスタ分析を行った.行政村の空間立地に着目することで,河岸地域の経済的優位性が見出され,その要因として,現地での土地利用調査からトウモロコシ栽培やビニルハウスの導入などが推察された.一方で丘陵奥地の行政村では退耕還林による農業の構造調整後も,低い平均収入や高い生活保護世帯率などが課題として存在していた.
キーワード:地域間格差,立地環境,行政村,黄土高原,退耕還林
(地理学評論 90-4 363-375 2017)
山陰海岸ジオパークにおける住民の理解と参加
淺野敏久*・馬 欣然**
*広島大学総合科学研究科,**元広島大学大学院生
自然遺産を保全し,地域づくりに活かすためにジオパーク認定を受けようとする地域が増えている.ジオパークでは,地域住民の理解と協力を得らえることが重視され,住民参加は認定の要件の一つになっている.本稿では,山陰海岸ジオパークを事例として,ジオパークに対する住民の意識と行動を,ウェブアンケート調査とジオガイド等への聞取り調査等を基に明らかにした.当地では,ジオパークは住民によく知られている.ただし,住民の関心は,ジオパークが強調する大地の成り立ちと人々の暮らしの関わりより,観光客と同様に温泉と食に向いている.また,ジオパークによる地域活性化への期待はあまり高くなく,むしろ自然保護につながるものと期待されている.ガイドはジオパーク全域よりジオサイトへの強い愛着に基づく行動をしており,ジオパーク的な情報は説明の選択肢の一つと割り切っている例もあった.
キーワード:山陰海岸ジオパーク,住民意識,ジオガイド,ウェブアンケート調査
(地理学評論 90-4 376-389 2017)
二つの『京都市明細図』の概要とそのGISデータベースの構築──京都府立総合資料館所蔵本と長谷川家住宅所蔵本──
河角直美*・矢野桂司*・山本峻平**
*立命館大学,**立命館大学大学院生
キーワード:火災保険図,京都市明細図,近代京都,歴史GIS
(地理学評論 90-4 390-400 2017)