地理学評論 Vol. 89, No. 5 2016 年 9 月 - 日本地理学会

●―論 説
社会関係資本からみた長崎県長与町における果樹栽培の変容
寺床幸雄・211‒233
1920年代南満洲鉄道の旅客輸送──漢人出稼者輸送との関係を中心に──
三木理史・234‒251
●――書 評
山本晴彦: 帝国日本の気象観測ネットワークII――陸軍気象部―― 吉野正敏・252‒254
A. ライト・W. ウォルフォード著,山本正三訳: 大地を受け継ぐ――土地なし農民運動と新しいブラジルをめざす苦闘―― 丸山浩明・254‒256
渡辺満久: 土地の「未来」は地形でわかる――災害を予測する変動地形学の世界―― 
竹内憲一・256‒258
2016年秋季学術大会プログラム・259-274
学界消息・275
2016年度公益社団法人日本地理学会定時総会記事・276-279
会  告・表紙2および280-281
2017年春季学術大会のお知らせ(第1報)・表紙2
 
 
 

論説

社会関係資本からみた長崎県長与町における果樹栽培の変容

寺床幸雄
立命館大学文学部

本研究では,長崎県長与町の果樹栽培地域において,農家間の社会関係および地域外アクターとの関係性が農業の維持に果たす役割を,社会関係資本の視点から明らかにした.社会関係資本については,「結束型/橋渡し型」および「構造的/認知的」の両区分に基づいて検討した.
研究対象地域では,柑橘研究同志会の活動のように戦後早くから地域的協働が進んでいた.1990年代後半以降は,農業存続への危機感から新たな協働が模索されている.地域内の役割などの構造的・結束型社会関係資本は,農業に関連する地域的協働を可能にしてきた.協力の規範や信頼といった認知的・結束型社会関係資本は,変化を伴いつつも高い水準で維持されている.行政との長期的な信頼の構築は橋渡し型社会関係資本として機能し,現在でも「ながさき型集落営農」などの新たな取組みを支えている.一方で,特定農家への役割の集中など,農業の地域的協働には新たな問題も生じていた.

キーワード:果樹栽培地域,社会関係資本,地域農業,長崎県,長与町

(地理学評論 89-5 211-233 2016)

 

 

1920年代南満洲鉄道の旅客輸送──漢人出稼者輸送との関係を中心に──

三木理史
奈良大学文学部

本稿の目的は,1920年代における漢人の満洲への出稼移動に着目し,満鉄旅客輸送の特徴を明らかにすることにある.その具体的課題は,満鉄の鉄道旅客輸送の実態と,旅客の中心であった出稼者の移動の2点の解明で,本稿の分析結果は以下の4点にまとめられる.1. 出稼地は次第に南満から北満へと移行し,出稼者が満鉄線と中東鉄道線の利用増加を促進した.2. 出稼者の入満経路は大連経由が増加して京奉鉄路経由が減少した.3. 出稼者は三等や貨車搭乗(四等)で割引運賃や無賃による利用が多く,輸送人員も非常に大量であった.4. 北満への出稼者誘致は当初吉林省が積極的で中東鉄道東部線沿線を中心に進み,中ソ国境での紛争や自動車輸送の進展などの事情によって,次第に未開発地の多い西部線沿線へと移った.鉄道にとって無料や低運賃の出稼者輸送の意義は,大量性に加えて,穀物輸送貨車の空車回送の間合い運用が可能な点にあった.

キーワード:南満洲鉄道,旅客輸送,漢人出稼労働者,間合い運用,1920年代

(地理学評論 89-5 234-251 2016)