2017年度日本地理学会学会賞受賞者 - 日本地理学会

2017年度日本地理学会学会賞受賞者

優秀論文部門

寺床幸雄 会員

「社会関係資本からみた長崎県長与町における果樹栽培の変容」地理学評論、第89巻第6号

本研究は地域農業の存立や存続に関わる農家間の社会関係および地域外アクターとの関係性を分析したものであり,研究視点として社会関係資本の枠組みを援用し,地域の社会関係が有する意義と課題を解明している.農家の語りや調査票による質問から社会関係資本のあり方を抽出し,その関係性が地域における資本として,地域農業の維持に果たす役割についても論じている.地理学内外の先行研究の丹念なレビューから生み出された理論的枠組みに加えて,果樹栽培地域への綿密なフィールドワークの成果を用いた研究成果が,実証と理論の両面において重層的かつ効果的な結論へと結びついた.単なる果樹栽培経営の実態解明に止まらず,社会関係と農業の存立との関連性,社会関係の変容により生じている問題などを指摘しており,今後のさらなる研究成果の展開にも期待が持てる.

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若手奨励部門

崎田誠志郎 会員

「和歌山県串本町におけるイセエビ刺網の共同体基盤型管理の多様性」地理学評論,第90巻第4号

イセエビの生態的特徴を活かした刺網の自主的管理を共同体基盤型管理(CBM)としてとらえ,これまで十分に議論されてこなかったミクロスケールでの多様性について,その形成要因を詳細な現地調査から解明した.刺網の空間管理や時間・漁具漁法・参入管理が明らかにされ,CBMの多様化は,各地区の自然環境や社会的条件とその変動に対する漁家集団の応答の積み重ねによって形成されてきたことを導き出した.この分析結果は,他のCBMの実態や事例にも適用可能な研究成果を生み出しているといえ, 共同体による資源管理,コモンズ研究の分野に貴重な成果をもたらし,今後の研究の展開に期待が持てる.またフィールドワークによって得られた結果は,漁業従事者の高齢化に伴って今後得ることが難しくなると予想されるため,資料的価値も高い論文と評価できる.

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論文発信部門

南雲直子 会員

「フィリピンの洪水常襲地帯における洪水氾濫解析とGISマッピング―災害対応計画作成に向けた取り組みと課題―」E-journal GEO,第11巻第2号

本研究は,フィリピンの洪水常襲地域であるパンパンガ川下流域を対象として,地理空間情報を活用した浸水マップを作成し,災害対応計画に貢献することをねらったものである.降雨流出氾濫モデルとGISを利用して作成された浸水想定図や浸水確率マップなどは,現地の言語(タガログ語)による表記やわかりやすさを優先させるなどの工夫がとられ,住民の洪水対策に大いに資すると期待される.当該論文は,開発途上国に対するわが国の技術的な支援策の一つの成果としてもとらえることができ,多くの地域住民への還元という点でも貢献度が高い研究と考えられる.

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優秀著作部門

石川義孝 会員

“International migrants in Japan: Contributions in an Era of Population Decline” (京都大学出版会,2015年)

石川義孝会員編による“International migrants in Japan: Contributions in an Era of Population Decline”(京都大学出版会,2015年)は,日本人研究者を中心に海外の研究者も交えて,少子高齢化の進む日本が直面する諸問題,特に人口問題について,外国人居住者に着目して,地理学的な視点から12の論稿によって多面的にアプローチしたものである.労働市場における外国人居住者の役割,外国人永住者に対する国および地方自治体の政策,外国人居住者の生活環境,女性外国人居住者の出生率,外国人児童・生徒への教育的支援,外国人居住者の日本国籍取得の動向といった重要でありながらこれまで十分に考察されてこなかった点に焦点を当てて分析している.この分野における現時点での到達点を示す高い研究レベルに達しているだけでなく,人口減少社会に直面した我が国にあって,政策的側面にまで果敢に踏み込んでおり,日本の移民政策を議論するための重要な文献の1つとなり得る.また英文で執筆されており日本の地理学の成果を海外に発信している点も評価できる.

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著作発信部門

山崎晴雄 会員・久保純子 会員

『日本列島100万年史―大地に刻まれた壮大な物語―』(講談社,2017年)

山崎晴雄会員,久保純子会員による『日本列島100万年史―大地に刻まれた壮大な物語―』(講談社,2017年)は,2人の地形発達史研究者によって,日本列島のダイナミックな地形発達のストーリーを紡ぎ,わかりやすく記述した好著である.日本を中心に大地形の成り立ち,地方別の中地形の成り立ちを,多くの研究成果のレビューの上で記述した高度な地形学である.しかし,文章は丁寧であり,専門用語などにはルビが振られるなど,手軽に読めるように工夫されている.「はじめに」の著者の体験の記述を読むだけでも,書店で本書を手に取った人は買わずにはいられない力を本書は持っている.その力は,わが国のポピュラーサイエンスを長らく支えてきた「講談社ブルーバックス」の1冊であることにより増幅されているといえよう.直接世の中に地理学とその成果を発信する努力がはらわれ,発行部数から考えてもそれが成功したということができる.

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地理教育部門

大谷誠一 会員

教育実践と成果発信ならびに地理オリンピックを通じた国際的な活躍等による地理教育の普及・発展

大谷誠一会員は,神奈川県の公立中学校の教員として,現場での教育実践,生徒指導にあたりつつ,さまざまな学会活動や社会活動を積極的に行っている.本学会が共催する国際地理オリンピックにおいては,実行委員会副委員長の一人として,ドイツ・デュッセルドルフ日本人学校へ派遣された経験を活かし,主として,国際交流とフィールドワークを中心とした強化の中心となって活躍している.また,私たちの身の回りの環境地図作品展では,サポートメンバーとして活動を支えている.平成28年12月に実施された日本学術会議公開シンポジウム「高等学校地理総合(仮称)必履修化による地理教育への社会的期待と課題―現場の地理歴史科教員を支援するために日本学術会議は何ができるか―」,平成29年1月に実施された日本学術会議公開ワークショップ「Future Earthと学校教育: Co-design/Co-productionをどう実践するか」において講演者として中学校現場からの貴重な意見を表明し,さらに,国土地理院測量行政懇談会地理教育支援検討部会に委員として参加するなど,地理教育の普及,発展に大きな貢献を行っている.

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学術貢献部門

田村俊和 会員

丘陵地に関する地形学発展

田村俊和会員は,長年にわたり,丘陵地の地形研究を牽引してきた.地形面にもとづく発達史地形学の適用が難しい丘陵地において,傾斜変換線に着目した詳細な微地形区分,水文・植生・土壌など地形と密接なかかわりをもつ現象への検討を行い,斜面の地形プロセスや発達過程について多くの知見をもたらした.その成果は,日本の地形学において「田村地形学」とも称されるほどの位置を確立するに至り,水文学・植物生態学・土壌学などの隣接学問,環境・景観の保全といった応用分野にも大きな影響を与えてきた.とくに谷頭部の微地形研究が,地形発達,水流の発生,土壌生成作用,植生立地などへの理解を大きく進展させたことは高く評価される.2016年には,候補者の研究に影響を受けた研究者の論考をまとめた『微地形学―人と自然をつなぐ鍵―』(古今書院)が刊行され,地理学のみならず,関連学問分野・行政・コンサルタント関係者にも注目を集めている.

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社会貢献部門

清水長正 氏

風穴研究の成果を社会的に発信し風穴を活かした地域貢献

清水長正会員は,寒冷地形研究の立場から開始した風穴研究を契機に,全国に多数分布する風穴の実態調査を進めるとともに,その保全復元活動に精力的に取り組んできた.その活動は,研究者のみならず,風穴の所有者・管理者・行政・NPOなど,風穴に関わる多くの人々・団体を巻き込む動きを呼び起こし,2014年8月には第1回全国風穴サミットが開催されるに至った.同サミットは,その後,2017年9月まで年1回ずつ開催されており,参加者は第1回105名,第2回130名,第3回270名と,年々増えている.また第1回サミットに寄せられた資料をもとに『日本の風穴』(古今書院)を2015年に刊行している.風穴に関する専門的視点からの研究を土台に,風穴利用の歴史や産業との関わり,風穴の利活用の将来的展望にまで目を向け,地理学の成果を地道に社会に発信している.

宮路秀作 氏

『経済は地理から学べ!』刊行等による地理学の普及・啓発

予備校講師である宮路秀作氏は,受験生の地理嫌いをなくす人気講師として活躍している.2017年2月に刊行された著書『経済は地理から学べ!』(ダイヤモンド社)は,経済のしくみを土地と資源の争奪と捉え,農業,工業,貿易,人口などの現代世界のあらゆる現象を地理の視点でわかりやすく解説したものであり,地理の普及本としては異例の6万部を発行し,地理の面白さを広く一般に伝えることに貢献している.この他,書籍,ラジオ等を通じて積極的に地理の重要性をアピールしている.本学会においては2017年秋季学術大会シンポジウム「2022年地理総合を踏まえた教育環境づくり」において招待講演を行うなど,学会活動にも協力している.

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