2016年度日本地理学会賞受賞者 - 日本地理学会
2016年度日本地理学会賞受賞者
優秀論文部門
伊藤千尋 会員
「滋賀県高島市朽木における行商利用の変遷と現代的意義」地理学評論,第88巻第5号
行商がわが国固有の文化に基づいた社会・経済活動の一つととらえると,その研究価値は大きい.また,行商人の高齢化と行商の衰退傾向を考慮すると,現時点における行商の地理学研究は,貴重な資料としての価値も高い.「買い物難民」という言葉が生まれている日本の社会で,行商はこのような状況にある人々を救う手段としても注目を浴びている.本研究は,琵琶湖西方の山村(高島市朽木)に訪れる行商を対象にしたもので,調査期間はそれほど長いわけではないが,山村住民へのインタビューやGPSを利用した行商人の行動パターン分析などは,住民と行商人との相互依存関係を詳細かつ十分に明らかにしている.今後,行商人側の分析を進めることで,さらに貴重な研究成果となることが期待される.
田中雅大 会員
「地理空間情報を活用した視覚障害者の外出を『可能にする空間』の創出――ボランタリー組織による地図作製活動を事例に――」地理学評論,第88巻第5号
本研究は,視覚障害者を中心に設立された「ことばの地図」を作製しているNPO団体によるWebを用いた地図作製活動を事例として,地理空間情報による視覚障害者に対する外出支援の可能性と課題について考察し,依存先の分散化や多様化について明らかにしたものである.技術自体の精度を向上させるだけでなく,技術が有効に機能するための空間設計という視点が必要であること,依存先を分散し,外出に「遊び」をもたらす支援策の検討が求められることを示し,オリジナリティーが高い研究である.社会的弱者の支援に地理学が貢献できることを示した貴重な論文として評価できる.最後に示された今後の課題解決には発展的な方向性も含んでおり,今後の研究展開も期待できる.
若手奨励部門
該当者なし
論文発信部門
相馬拓也 会員
「モンゴル西部アルタイ系カザフ騎馬鷹狩文化の存続をめぐる脆弱性とレジリエンス」 E-journal GEO,第10巻第1号
UNESCOの「世界無形文化遺産」に登録されている「カザフ騎馬鷹狩文化」は,他の文化遺産同様に継承者の高齢化と減少,経済・社会環境の変化に追いつけない保護対象の文化である.本研究はおよそ300日間にわたる現地滞在型調査をもとに,どちらかというと民俗学的な視点を中心として,鷹狩文化の実態を解明した貴重な報告である.詳細な調査に基づいたこの文化の成立環境,および持続性に関する提言は,説得力がある.また,研究成果の一部はマスメディアによっても紹介され,地理学研究の面白さを一般に発信するという点で貢献度が高い研究と考えられる.
優秀著作部門
伊藤千尋 会員
『都市と農村を架ける―ザンビア農村社会の変容と人びとの流動性』(新泉社,2015年)
伊藤千尋会員による『都市と農村を架ける―ザンビア農村社会の変容と人びとの流動性』(新泉社,2015年)は,長期にわたるザンビアでの綿密なフィールドワークによって得られた知見から,現代アフリカにおける農村と都市との関係性を明らかにした好著である.著者は,農業,非農業間の農民の往復行動などに着目し,農村と都市というセクター間の人々の広い流動を,「生計活動」の視点から丁寧に追い,また,農村に基盤を置きつつ非農業活動を営む「農村ビジネス」によってもたらされる暮らしの変容などにも注目し,「生計活動」の多様性を動態的に捉えている.本書は,発展途上国の農村・都市関係の理解に新たなパースペクティブを提示したものと評価される.
著作発信部門
鈴木康弘 会員ほか執筆者一同
『防災・減災につなげるハザードマップの活かし方』(岩波書店, 2015年)
鈴木康弘会員編による『防災・減災につなげるハザードマップの活かし方』(岩波書店,2015年)は,2011年の東日本大震災でハザードマップの功罪が問われ,その不要論さえあるなか,15名の地理学者によって執筆された共同研究の成果である.本書は,ハザードマップの本質とは何かを,さまざまな事例を検証することによって,災害と地図との関係を提示しながら描き出している.また,ハザードマップの作成や住民による活用の方向性にも広く言及しており,「活かすハザードマップ」作りには不可欠の書物と評価する.さらに航空写真や地形図などの各種の地図利用の手法についても解説しており,地理学の研究成果を社会に還元するという視点も評価される.
横山 智 会員
『納豆の起源』(NHK出版,2014年)
横山 智会員による『納豆の起源』(NHK出版,2014年)は,東南アジアの大陸部からヒマラヤの照葉樹林帯に至る広大な地域を15年間にわたって踏査し,日本人の身近な食品である納豆の起源を明らかにしようとした興味深い著作である.広範かつ綿密なフィールドワークによって,各地で納豆を見出し,その製造法や調理法などのデータを収集,分析し,それを比較することによって得られた地域的差異を発展段階に位置づけ,納豆の起源や伝播に関する新しい考え方を提示している.本書は,納豆を通して,従来の照葉樹林文化論の限界を指摘し,地理学的手法の有効性を主張した意欲的な著作である点も評価される.
地理教育部門
山崎 健 会員・高木 優 氏
文部科学省研究開発学校に指定された神戸大学附属中等教育学校での教育実践
2013〜2016年度文部科学省研究開発学校に指定された神戸大学附属中等教育学校は,後期課程4年(高1)に「地理基礎」・「歴史基礎」(各2単位)を必履修科目として設置し,「グローバルな時空間認識」をめざした新科目設置の可能性を研究してきた.その研究成果は,新学習指導要領に新設予定の必履修科目「地理総合」実現に向けて大きく貢献したと高く評価されている.山崎会員は,研究開発学校指定にあたり神戸大学附属学校部長として校内のとりまとめと研究体制の構築に尽力し,指定後も引き続き同校の研究を牽引している.高木氏は,研究開発主任として同校の開発研究を主導すると同時に,「地理基礎」の先進的な授業開発とカリキュラム開発を直接担ってきた.また,同氏は,地理関連学会・研究会において研究成果を発表するだけでなく,教員を対象とした研修会や新聞・教育関連雑誌等,広く社会に対して同校の研究成果を発信している.
学術貢献部門
該当者なし
社会貢献部門
柴崎友香 氏
多様な地理的知識に結びつくツールを作品の随所に取り入れた作家活動
柴崎氏は,大阪府立大学で人文地理学を専攻した後,1990年代後半より作家活動を本格化させた.日常生活を題材に実在地名に基づく街の描写や,(古)地図,景観写真,スマートフォン地図アプリケーションといった多様な地理的知識に結びつくツールを作品の随所に取り入れる作風が幅広い世代に支持されてきた.代表作には,京都を舞台にした『きょうのできごと』(2000年,第24回咲くやこの花賞受賞),大阪を舞台にした『その街の今は』(2006年,第23回織田作之助賞大賞受賞),東京を舞台にした『春の庭』(2014年,第151回芥川龍之介賞受賞)等がある.これらの著作は,老若男女を問わず,地図や景観写真を用いた地理学的知識の獲得の面白さを伝える貢献として高く評価できる.また2013年に開催された国際地理学連合京都大会の市民講座特別講演会でコメンテーターを務めるなど,地理学界に対する貢献も行っている.