吉野賞受賞記念講演要旨 - 日本地理学会

2023(令和5)年度

松本 淳(東京都立大学名誉教授・同大学特任教授・客員教授,横浜国立大学客員教授,海洋研究開発機構上席招聘研究員,フィリピンマニラ観測所上級招聘研究員)

モンスーンアジアの気候研究への道

 私が気候学を志したのは,1977年10月に地理学科への進学を決めて最初に受けた,恩師鈴木秀夫先生による『気候学Ⅰ』の講義で,世界の人類の歴史や思想史が気候や気候変化によって形成された,との趣旨の話を聴き,雷に打たれたような驚きと感動に包まれたからであった.この時,気候学こそが自分の一生を賭するに値する学問だと感じた.恩師が著した『風土の構造』は,世界の気候を俯瞰的に理解するのに役立った.他方筑波大学の吉野正敏先生の著した『気候学』では,グローバルから小地域,現在から過去に至る気候が網羅的に論じられ,多数の引用文献は,その後に論文を書く際大変に役だった.これらの著作が世に出た直後にこの学問を志せたのは幸運だった.吉野先生が多数の論文や著書を出されていた東アジアの気流系を,修士論文での研究テーマにしたのが,私のモンスーン気候との出会いである.何を論文にするにしても吉野先生の著作を引用せねばならないテーマに挑めたのは,当時の大学院生らとの研究会『気候コロキウム』があったからである.1978~1979年に当時の世界気候計画(WCP)のもとで実施された第1回GARP全球実験(FGGE)のデータを,気象学研究室の増田耕一さんに助けられながら,大学院生らと共同研究したのを機に,グローバル・スケールでの大気の客観解析データを使ったモンスーンアジアの研究を始めた.
 1987年には,バングラデシュの大洪水に関する初めての海外調査に短期間ながら参加する機会をいただいた.この時のインドでの単独海外調査の経験は,その後の私のモンスーンアジア研究の礎となった.翌年には日本気象学会から助成金をいただき,インド熱帯気象学研究所設立25周年記念学会に参加し,モンスーン研究実験計画(MONEX)のデータと現地観測データを使った研究発表を行った.バングラデシュの洪水に関しては,大洪水下でも生産が増えるバングラデシュの稲作に関する研究へと展開していった.
 全球客観解析での風データと極軌道衛星観測による外向き長波放射量(OLR)データの数年間での半旬平均気候値を作成して,全世界の熱帯域での季節変化を概観して学位論文をまとめた.モンスーンアジア域については,科研費の研究報告書として風と雲活動,降水量に関する気候アトラス2冊を作成して刊行した.これを機にハワイ大学名誉教授の村上多喜雄先生との共同研究が始まり,海洋域に広がる西部北太平洋モンスーン(WNPM)の存在を世界で初めて指摘し,世界各地のモンスーン気候との比較研究を行った.
 東京大学気候システム研究センターの新田 勍先生のお誘いで,熱帯降雨観測衛星(TRMM)研究やアジアモンスーン国際シンポジウム(ISAM)にも関与し,先生が亡くなられた後には後者の日本側代表者を務め,吉野正敏先生にも韓国Cheju島での会議にご参加いただいた.前者では,ベトナムでの衛星観測降水量の再現性などに関するJAXAとの共同研究を現在も続けている.気象研究所でのモンスーン研究にも間接的に関わる機会を得て,現地観測データが決定的に不足していた東南アジア域での日降水データを収集し,インドとは異なる東南アジア地域でのモンスーンの気候特性を明らかにした.
 筑波大学の安成哲三先生が推進されたアジアモンスーンに関する全球エネルギー水循環研究(GEWEX)の国際プロジェクト(GAME)では,主にインドシナ半島の熱帯域と中国の淮河流域の研究プロジェクトに参加し,終了後には後継研究としてモンスーンアジア水文気候研究計画(MAHASRI)を推進,地球水循環統合観測(CEOP)の下でのアジアモンスーン観測年(AMY)もハワイ大学のBin Wang先生と共に主導した.アイオワ州立大学のTsing-Chang (Mike) Chen先生との共同研究等も実施した.国内では海洋開発研究機構水循環観測プログラムで,GAMEでは十分な研究ができなかったベトナムやフィリピン,インドネシア等での観測研究に従事する機会を得た.本務の首都大学東京(東京都立大学)では,研究室の方々に大変お世話になりながら,毎年モンスーンアジア諸国からの留学生を受け入れ,彼らとの共同研究による現地気候の解明を進めた.元留学生2名が在籍するフィリピンのマニラ観測所等との共同研究は,現在も進行中である.
 日本の区内観測所や南東南アジア諸国での植民地時代の気象観測データが,気候研究に活用されていない現状を打開すべく,地球大気循環復元プロジェクト(ACRE)に参加し,これらのデジタル化されていない気候データを気候変動研究に活用しながら,歴史研究者や気候モデル研究者等との共同研究も進めている.

 

Matthias Roth (Department of Geography, National University of Singapore, Singapore)

Anthropogenic local climate change in cities

The most recognisable and unambiguous effect of humans on weather and climate is found in cities: the urban heat island (UHI) which increases ambient outdoor temperature compared to that measured over undeveloped surroundings, with consequences for human comfort and productivity, biological activity (e.g. diseases, biodiversity) or energy use. The situation is exacerbated in equatorial/wet climates, where high day- and nighttime air temperatures in combination with the high humidity characteristic of the wet tropics, present a particularly challenging living environment for urban residents. Such additional warming generated by the UHI on top of anthropogenic global warming is clearly undesirable. This presentation will explore the various facets of urban climate change more generally using mostly examples from Singapore, where local growth and development aspirations are responsible for a local temperature increase which is about twice that of the global temperature trend over land. It introduces some observational and modelling work directed at better understanding the local urban climate to support adaptation and mitigation efforts. Given the homemade nature of this local urban climate change, options exist to adapt to and mitigate some of the unwanted changes, irrespective of (in)action at the global level regarding anthropogenic global warming. It is therefore essential to make cities an integral part of the solution in tackling climate change.

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