下記のとおり会長講演を行いますので多数御参加下さい.
1.日時 3月21日(水)13時~13時50分.
2.場所 東洋大学 井上円了ホール
石原 潤(奈良大):中国の集市について―革命後の変遷と現状―
演者は伝統的市(market)の地理学的研究をライフワークとし,中国を主要なフィールドの一つとして来た.
中国では一般に,伝統的市場を集市と呼び,定期市と毎日市の双方を含める.集市は古代以来都市やその周辺を中心に存在していたが,特に唐末から宋代にかけて,農村地域にも広範に叢出したとされる.演者は1970年代から1980年代にかけて,わが国の諸図書館に豊富に所蔵されている方志(地方誌)を活用しながら,明代から中華民国時代にかけての集市の発展を定量的に検討し,「地理学評論」や「人文地理」誌に報告した.1990年代以降は,目を現代の集市に向け,科学研究費などの支援を得て,現在までに,江蘇省,河南省,四川省,西北地区(陝西省や甘粛省)でフィールドワークを行うことが出来た.それらの結果については,すでに7冊の報告書と2冊の単行本の中で報告している.
本講演では,以上のような成果を踏まえつつ,革命(1949年)後の中国において,集市がどのように展開して現在に至っているか,また現在の集市はどのように営まれているかについて論じたい.革命直前の中国では,G.W.Skinnerによれば,約5.5万の集市が存在し,低次な中心集落にあっては主要な商取引の場であった.
革命後,商業の社会主義的改造により集市の活動は抑制され,とりわけ大躍進期や文革期にはそれが顕著であった.計画経済期を通じて集市数は減少し,取引活動の内容についても多くの制約が課されていた.
改革開放期(1978年以降)に入ると,政策は180度転換し,私営商業の容認,農産物取引の自由化と共に,集市取引が奨励され,集市数は年々増加し,集市での取引高は急増し,小売販売総額の過半を占めるまでに至った.都市部では,市街地の中に人口2万人程度に1箇所の割合で,比較的均等に毎日市としての集市が配置され,消費者は徒歩または自転車で毎日のようにそこを訪れ,生鮮食料品などを購入する.市の商人は農村部からの出稼農民(特に野菜売り)や失業者層(特に衣類売り)であり,前者は市街地縁辺部の「城中村」に間借しつつ営業を続けている.一方農村部では,郷鎮の中心集落に,大部分が定期市(三斎・六斎・九斎市など)の形で集市が営まれ,郷鎮域内の農民が,食料品のみならず生活必需品全般をそこで手に入れる.売手の方は,生産者としての農民が含まれるが,むしろ多数派は複数の市を巡る商人化した農民であり,集市は零細な農民に兼業の場を提供している.
以上のような集市にも,近年,新しい傾向が現れている.都市部では,「退路進庁」政策により街路の露天市が建物内に収用され,常設店舗との差が無くなりつつあり,また急増するスーパーマーケットとの競合が生じつつある.農村部では,集市の淘汰現象が始まったのであろうか,集市数が減少に転じた.商人はオート三輪や小型トラックを保有し,これで市をまわるようになりつつある.小売販売額に占める集市売上高の割合も,近年では低下の傾向を示している.講演では,このような近年の新しい傾向をも含めて,集市の現状を伝えたい.