●―会長講演
探検と発見のアメリカ地誌――地誌学の再構築に向けて―― 矢ケ﨑典隆・83‒101
●―論 説
ルーマニア南カルパチア山脈チンドレル山地における植生の変化からみたヒツジの移牧の変容 漆原和子・清水善和・羽田麻美・102‒117
GIS を用いたボーリングデータ解析に基づく濃尾平野の3次元構造と堆積土砂量の復原 羽佐田紘大・118‒137
土地被覆データにもとづく疾病媒介蚊の生息分布域の分析――琵琶湖東沿岸地域を対象に―― 米島万有子・中谷友樹・渡辺 護・二瓶直子・津田良夫・小林睦生・138‒158
●―短 報
大阪の日本橋地区における「趣味」の場所性 杉山武志・元野雄一・長尾謙吉・159‒176
●―書 評
日本陸水学会東海支部会編: 身近な水の環境科学 [実習・測定編]――自然のしくみを調べるために――(長谷川直子)・177‒178
愛知大学三遠南信地域連携研究センター編: 越境地域政策への視点(戸所 隆)・178‒180
中山正典: 富士山は里山である――農がつくる山麓の風土と景観――(西原 純)・180‒182
2015 年日本地理学会春季学術大会プログラム・183‒210
学界消息・211‒212
会 告・表紙2,3および213‒215
2015年秋季学術大会のお知らせ(第1報)・表紙2
探検と発見のアメリカ地誌──地誌学の再構築に向けて──
矢ケ﨑典隆
日本大学文理学部
地誌学は地域を説明するための考察の枠組を提示し,地域スケールに応じた地域像を描くことを目的とする.今日,地誌学を再評価・再構築することが急務である.そこでアメリカ地誌の新しい方法を提示するために,自然と人間,起源と伝播,地域と景観,時間と変化に着目した.コロンブスの到来以降,アメリカ先住民の世界は大きく改変され,北東部には北西ヨーロッパ系小農経済文化地域,南東部にはプランテーション経済文化地域,南西部にはイベリア系牧畜経済文化地域が形成された.19世紀後半に北西ヨーロッパ系小農経済文化地域が全土に拡大した.そして20世紀に入って1960年代末までにアメリカ的生活・生産様式が確立し,1970年代以降,アメリカ型多民族社会・分断社会が形成された.21世紀のアメリカの地域像を描くためには,「世界の博物館アメリカ」という考察の枠組が有効である.アメリカ地誌には探検と発見の可能性に満ちた魅力的なフロンティアが存在する.
キーワード:アメリカ地誌,地誌学,文化地理学,移民,博物館
(地理学評論 88-2 83-101 2015)
ルーマニア南カルパチア山脈チンドレル山地における植生の変化からみたヒツジの移牧の変容
漆原和子*・清水善和**・羽田麻美***
*法政大学文学部,**駒澤大学総合教育研究部,***日本大学文理学部
ルーマニアの南カルパチア山脈チンドレル山地のジーナ村において,聞取り調査,空中写真および衛星写真判読,夏の宿営地となる山頂部の植生調査を行い,1989年の社会主義体制崩壊の前後と2007年のEU加盟後のヒツジ移牧の変化を検討した.調査地域では,3段の準平原面を利用した二重移牧が行われてきたため,放牧地や移動経路は切り拓かれて広大な草地が成立していた.社会主義体制下では約4万頭のヒツジを山頂部で放牧していたが,体制崩壊後は山頂部でのヒツジが激減し,2010年には3,500頭となった.その結果,森林限界付近のPicea abiesと山頂部のPinus mugo, Juniperus communisがその分布高度を上げて草地に侵入していることが明らかになった.侵入稚樹の最高樹齢はおおむね20~25年を示すことから,社会主義体制の崩壊直後から樹木が侵入していることがわかった.EU加盟後のヒツジの総頭数は社会主義体制当時の数に匹敵するまでになったが,山頂部へのヒツジの移動頭数は減少を続けている.
キーワード:ヒツジの移牧,植生,EU加盟,チンドレル山地,ルーマニア
(地理学評論 88-2 102-117 2015)
GISを用いたボーリングデータ解析に基づく濃尾平野の3次元構造と堆積土砂量の復原
羽佐田紘大
名古屋大学大学院生・日本学術振興会特別研究員
濃尾平野で得られた合計2,701本のボーリング柱状図の土質区分とN値によって,沖積層を基底礫層,下部砂層,中部泥層,上部砂層,沖積陸成層,人工改変層に区分した.この層序区分と218点の14C年代値によって,地層境界面および等時間面標高データベースを作成した.これらのデータベースを基に,GISを用いた空間解析を行い,沖積層の3次元構造と堆積土砂量を復原した.その結果,中部泥層よりも下位面には谷地形が認められること,その谷地形はデルタの前進に伴う中部泥層や上部砂層の堆積によって埋積されていったことが明らかになった.また,1,000?cal?BP以降は,沖積陸成層の堆積域が現在の三角州まで達し,陸上デルタが広範囲に拡大した.過去6,000年間の堆積土砂量は約21×1015?gと推定される.特に,1,000?cal?BP以降に急激な増加が認められる.これは,流域における農耕や森林伐採といった人為的影響によって土砂生産量が増加したことに起因すると考えられる.
キーワード:ボーリング柱状図,放射性炭素年代,堆積土砂量,GIS,濃尾平野
(地理学評論 88-2 118-137 2015)
土地被覆データにもとづく疾病媒介蚊の生息分布域の分析──琵琶湖東沿岸地域を対象に──
米島万有子*・中谷友樹**・渡辺 護***・二瓶直子***・津田良夫***・小林睦生***
*立命館大学立命館グローバル・イノベーション研究機構,**立命館大学文学部,***国立感染症研究所昆虫医科学部
本研究では,琵琶湖東沿岸地域を対象に,国内の代表的な2種類の疾病媒介蚊(成虫)の捕集調査を実施した.そこで観測された捕集個体数の空間的変動を,偏相関最小二乗法(PLS)回帰分析に基づき調査定点周辺の土地被覆の構成(種目別面積比)と関連づけて検討した.また,得られたPLS回帰モデルを利用して,当該媒介蚊の生息分布を面的に推定した.その結果,コガタアカイエカの捕集個体数は,主に水田によって土地被覆が構成されるような農村景観の卓越する地域で多く,平野部に好適な生息場所が多く認められた.シナハマダラカ群の捕集個体数は,水域とそれに付随するヨシなどの植生から構成されるような湿地景観の卓越する地域で多く,水域周辺に好適な生息場所が存在することが判明した.こうした媒介蚊の捕集データから推定した生息分布域は,媒介蚊による吸血被害を生むリスクの分布を示すものであり,蚊媒介性感染症の流行対策に有用な地理情報と考えられる.
キーワード:コガタアカイエカ,シナハマダラカ群,偏相関最小二乗法(PLS)回帰分析,生息ポテンシャルマップ,琵琶湖東沿岸地域
(地理学評論 88-2 138-158 2015)
大阪の日本橋地区における「趣味」の場所性
杉山武志*・元野雄一・長尾謙吉**
*大阪市立大学都市研究プラザ,**大阪市立大学大学院経済学研究科
本稿は,電気街として知られる大阪の日本橋地区の「趣味」の場所性を考察した.近年の電気街には,ゲームやアニメなど新たな「趣味」に関わる消費者や供給者の集積が顕著であり,こうした集積を日本橋地区の店舗の分布ならびに人が集まる場所の特性から分析した.日本橋では近年,「オタロード」と呼ばれる地区への店舗集積が顕著となっており,地域の活力の拠点も「オタロード」へ移行しているようにみえる.しかし,実際には「日本橋筋商店街」から生じた新たな業種が「オタロード」へ広がる傾向がみられた.その上で,サブカルチャーを趣味にもつ消費者や供給者が集積する要因として,1)日本橋ストリートフェスタにみられるような開放的な場所性がサブカルチャーという趣味的活動の支えになっている,2)サブカルチャーに対する経営者の意識変化,すなわち,集団的学習の経験による「寛容性」の醸成が開放的な場所の生成につながっている,ことを指摘した.
キーワード:商業集積,場所性,サブカルチャー,開放性,寛容性,日本橋地区
(地理学評論 88-2 159-176 2015)