●―論 説
上海における日本人集住地域の形成・変容過程
――古北地区を事例として―― 周 雯婷・183‒204
集落へのヒグマ出没の人的要因
――北海道平取町を事例に―― 橋本 操・205‒223
文化的占拠の葛藤と都市変容における自由空間としての役割
――旧東ベルリン地区タヘレスを事例として―― 池田真利子・224‒247
日系電機・電子部品メーカーにみる製品特性の差異と現地化
――上海のA 社販売子会社を事例に―― 阿部康久・金 紅梅・248‒266
●―資 料
沖縄県宮古列島から採取したビーチロック試料の較正年代 小元久仁夫・267‒275
●―書 評
丸山浩明編: 世界地誌シリーズ6 ブラジル(山下亜紀郎)・276‒277
岩田 貢・山脇正資編: 防災教育のすすめ――災害事例から学ぶ――(香川貴志)・277‒279
フェルディナント・フォン・リヒトホーフェン著,上村直己訳: リヒトホーフェン
日本滞在記――ドイツ人地理学者の観た幕末明治――(佐々木 博)・279‒281
学界消息・282‒284
会 告・表紙2 および 285‒290
2014 年秋季学術大会のお知らせ(第2 報)・表紙2
上海における日本人集住地域の形成・変容過程──古北地区を事例として──
周 雯婷
筑波大学大学院生
本研究では,上海の古北地区における日本人集住地域の形成・変容過程を,空間的側面と社会的側面から明らかにした.1990年代の中国では,外国人政策により,日本人を含めた外国人は外国人住宅地に居住を強いられた.2003年以降は,外国人政策の緩和の中で,以前の外国人住宅地とその周辺には日本人のみが多く居住するようになった.それが現在の古北地区である.日本人向けの生活関連施設の集積が進むにつれ,日本人の新規居住者が増加した.日本人の属性は,1990年代には駐在員がほとんどであったが,2000年代以降,駐在員,現地起業者,現地採用者など多様になった.日本人の居住パターンは,日本人が他の外国人と混在する形態から多様な日本人の集住が進む形態へ変化したといえる.以上の分析から,日本人集住地域の形成・変容要因は,諸外国とは異なる社会主義体制下の中国特有の外国人政策の影響,および日本人向けの生活関連施設の集積であることが指摘できた.
キーワード:日本人集住地域,住宅地,生活関連施設,居住パターン,古北地区,上海
(地理学評論 87-3 183-204 2014)
集落へのヒグマ出没の人的要因──北海道平取町を事例に──
橋本 操
筑波大学大学院生・日本学術振興会特別研究員
本稿は,北海道平取町を事例に,ヒグマの採食行動の季節性を踏まえ,ヒグマが出没する集落環境とそれを形成する人間活動を分析することで,ヒグマが集落へ出没する人的要因を明らかにした.まず平取町を含む日高地域を対象に,ヒグマの胃内容物データより,人間活動に起因する食物の採食時期を把握した.次に平取町において,ヒグマが出没する地点の土地利用を分析した.さらにヒグマの駆除に携わる狩猟者12名に聞取り調査を行い,周年的な農業,駆除活動の情報を得た.その結果,①春から初夏に,農地周辺,捕獲場所から近い林野,藪地にエゾシカの駆除死体が埋設されたり,回収されずに放置されており,ヒグマがそれらを摂取できること,②酪農・畜産農家が所有するデントコーン畑は,住宅地から離れ,森林に近接して立地するため,晩夏から秋の成熟期に被害が多いことが明らかになった.
キーワード:ヒグマ,エゾシカ,デントコーン,人的要因,出没,北海道平取町
(地理学評論 87-3 205-223 2014)
文化的占拠の葛藤と都市変容における自由空間としての役割──旧東ベルリン地区タヘレスを事例として──
池田真利子
筑波大学大学院生・日本学術振興会特別研究員
本研究は,ベルリンの特殊な歴史を背景とし旧東ドイツのインナーシティ地区においてベルリンの壁崩壊以降大規模に発生した占拠運動の一事例である文化施設タヘレスに着目し,文化的占拠としての場所の変容を,アーティスト・施設運営側への聞取り調査と,タヘレスを巡る外的状況の変遷から明らかにした.占拠運動は分断期に忘却されていた地区の歴史・文化的価値を再発見する役割を担い,ジェントリフィケーションの過程において文化シーン創生を誘発したが,それは経済的価値へと置換されていった.タヘレスは文化的占拠として観光地化し,芸術空間としての真正性において内部批判を生み出したが,一方ではそれにより施設存続が可能になるという葛藤を抱えた.タヘレスは,土地を巡る資本との対立構造において自由空間として意識され,ジェントリフィケーションなどの資本主導の都市変容に直面する文化施設としてシンボリックな意味を担っている.
キーワード:東ベルリン,占拠運動,文化シーン,自由空間,ジェントリフィケーション
(地理学評論 87-3 224-247 2014)
日系電機・電子部品メーカーにみる製品特性の差異と現地化──上海のA社販売子会社を事例に──
阿部康久*・金 紅梅**
*九州大学大学院比較社会文化研究院,**ユニチャーム
本稿では日系電機・電子部品メーカーA社の中間材を扱う上海における三つの販売部門を取り上げ,製品特性の違いにより取引先企業の本社所在地別構成や人材現地化の程度にどのような差異があるのかを検討した.結論として三つの総括部のうち,中国企業向けの販売比率が最も高い第1総括部では,管理職などへの中国人人材の登用が進んでおり,現地法人からの提案を受けるかたちで中国市場の需要に合わせた製品の開発・販売も行われていたが,それが低い第2総括部と第3総括部ではこのような傾向はみられなかった.特に第3総括部では,垂直統合型の製品を販売しているため,グループ企業などの日系企業への販売が多く,中国人人材の管理職への登用はあまり進んでいなかった.同社では今後一層人材の現地化を進めていく必要性が認識されていた.その一方で同社は,日本本社が取引に関する決定権を持ち続けながら,本社の現地法人への支援機能を強化する方針も採っていた.
キーワード:日系企業,現地化,電子部品,垂直統合,垂直分割,本社機能
(地理学評論 87-3 248-266 2014)