地理学評論 Vol. 86, No. 4 2013 年 7 月 - 日本地理学会

●―論 説

備中高松城水攻めに関する水文学的研究――洪水氾濫シミュレーションを用いて―― 根元裕樹・泉 岳樹・中山大地・松山 洋・315337

二つ玉低気圧通過に伴う降水の気候学的研究 平田 航・日下博幸・338353

新潟県魚沼市におけるユリ切花のブランド化 両角政彦・354376

●―書 評

社団法人東北建設協会編: 2011.3.11 東日本大震災 津波被災前・後の記録

――宮城・岩手・福島航空写真集――(香川貴志)・377378

林 紀代美編: 漁業,魚,海をとおして見つめる地域――地理学からのアプローチ――(荒木一視)・378380

海津正倫編: 沖積低地の地形環境学(藤本 潔)・380381

生井貞行: 世界の一隅に生きる人々と社会――高校教師が訪ねた発展途上世界の調査報告――(山崎憲治)・381383

岩下明裕編: 日本の「国境問題」――現場から考える――(山﨑孝史)・383385

土屋 純・兼子 純編: 小商圏時代の流通システム(根田克彦)・385387

地理学関係博士論文要旨(2012 年度)・388396

学界消息・397399

2013年日本地理学会春季学術大会および臨時総会・春季代議員会記録・400406

会  告・表紙2 および 407412

2013 年秋季学術大会のお知らせ(第3 報)・表紙2

 

 

論説

備中高松城水攻めに関する水文学的研究―洪水氾濫シミュレーションを用いて―

根元裕樹*・泉 岳樹**・中山大地**・松山 洋**
*株式会社パスコ,**首都大学東京都市環境科学研究科

1582(天正10)年,岡山県の備中高松で備中高松城水攻めが行われた.近年の研究では,備中高松城の西側の自然堤防を利用した上で基底幅21m,上幅10m,高さ7mの水攻め堤が3kmにわたって築かれたとされているが,わずか12日間でこの巨大な堤防が本当に築けたのか,その信憑性が疑われている.そこで本研究では,流出解析と氾濫解析を組み合わせた水攻めモデルを開発し,水攻め堤の有無と高さによる複数のシナリオで備中高松城水攻めを再現して,水攻めの条件について考察した.その結果,水攻めには上述したような巨大な堤防は必要なく,足守川からの水の流入,備中高松城西側の自然堤防,それに接続する南側の蛙ヶ鼻周辺の水攻め堤があれば十分であることが示された.また,この結果と史料を考慮すると,蛙ヶ鼻周辺の水攻め堤は,その高さが約3.0mであったと考えるのが合理的であるという結論に至った.

キーワード:備中高松城水攻め,洪水,氾濫解析,流出解析,堤防,備中高松

(地理学評論 86-4 315-337 2013)

 

二つ玉低気圧通過に伴う降水の気候学的研究

平田 航*・日下博幸**
*筑波大学大学院生,**筑波大学生命環境科学研究科(計算科学研究センター)

「二つ玉低気圧型」は日本で有名な気圧配置の一つで,全国各地に大雨や強風をもたらしやすいと言われている.本研究では二つ玉低気圧を並進タイプ,日本海低気圧メインタイプ,南岸低気圧メインタイプの三つに分類し,降水量や降水の強さ,降雪の深さについて気候学的解析を行った.また,比較のために一般的な日本海低気圧と南岸低気圧についても同様の解析を行った.並進タイプは全国に降水をもたらし,日本の南岸で降水量が多い.日本海低気圧メインタイプでは全国的に降水量が少ないが,本州の日本海側で冬季にふぶきとなりやすい特徴があった.南岸低気圧メインタイプは日本の南岸と北陸地方で特に多くの降水をもたらし,冬季には比較的広い範囲に降雪をもたらす.二つ玉低気圧3タイプで降水分布に生じる違いは,前線の有無に依存する.さらに,二つ玉低気圧が強雨をもたらすときは,南側の低気圧が日本列島により近いコースをとることがわかった.

キーワード:二つ玉低気圧,降水量,降水頻度,降雪量,降雪頻度

(地理学評論 86-4 338-353 2013)

 

新潟県魚沼市におけるユリ切花のブランド化

両角政彦
日本大学文理学部

本稿では,ユリ切花産地によるブランド化の実態をとらえ,その効果と課題を明らかにし,花きのブランド化の取組みが産地・生産者にもたらす意味を考察した.ユリ切花ブランド「魚沼三山」の展開において,グローバルスケールでは輸入ユリ球根調達に関わる国際的連関が,ナショナルスケールでは高品質ユリ球根の生産委託による国内産地連関と出荷等級品ごとに市場を選択する国内市場連関が,ローカルスケールではユリ切花の生産と出荷における産地内連関がそれぞれ形成されてきた.本事例では,産地が独自に開発した品種ではなくても,地域連関にみられる流通業者を通じた既存品種の調達方法の革新,球根冷蔵管理技術の開発,切花の生産過程の改良,出荷・販売過程の組織化などによって,製品差別化が実現されている.これらの取組みは,他の産地・生産者が模倣困難であるとは必ずしもいえないが,一連に結びつくことで一定の参入障壁となり,高付加価値化を可能にしている.

キーワード:ユリ切花,ブランド化,地域連関,産地組織,魚沼市

(地理学評論 86-4 354-376 2013)