●―論 説
下北半島尻屋崎砂丘の理化学特性と形成史 谷野喜久子・細野 衛・渡邊眞紀子・229‒247
荒茶工場の経営形態からみた荒茶供給構造――静岡県牧之原市東萩間地区を事例として―― 大石貴之・248‒269
●―短 報
鳥取平野北西部,湖山池周辺における完新世後期の地形環境変遷 佐藤善輝・小野映介・270‒287
ICT を活用した医薬品流通システムの構築過程――川崎市北部の事例――中村 努・288‒299
●―書 評
伊藤修一・有馬貴之・駒木伸比古・林 琢也・鈴木晃志郎編:役に立つ地理学(大石太郎)・300‒301
中藤康俊・松原 宏編著: 現代日本の資源問題(西野寿章)・302‒303
横山裕道: 3.11 学――地震と原発そして温暖化――(山下脩二)・303‒304
江波戸 昭先生のご逝去を悼む・305‒306
学界消息・307‒309
会 告・表紙2 および 310‒313
2013 年秋季学術大会のお知らせ(第2 報)・表紙2
下北半島尻屋崎砂丘の理化学特性と形成史
谷野喜久子*・細野 衛*・渡邊眞紀子**
*東京自然史研究機構,**首都大学東京
日本の海岸砂丘構成層の起源として海浜砂,テフラ,大陸風成塵などが知られるが,個々の構成層の形成物質を検証した例は少ない.本研究は構成層の理化学特性に基づき,尻屋崎砂丘の起源と形成史を考察する.砂丘は田名部段丘面(MIS5e相当)上の尻屋崎ローム層を覆い,埋没土層を境に構成層I~Vからなる.最下位層Iを除く上位層II~Vはbi-modal(シルト・砂各画分)の粒度組成を示し活性アルミニウムに富む.この特徴と明度・色特性(H2O2処理)が尻屋崎ローム層に類似することから,砂丘はローム層と段丘構成層の剥離物が再堆積した物と考えられる.砂丘砂の理化学特性(TC≧1%,MI≦1.7)は,それが二次的な風化テフラ付加による黒ぼく土様の化学的特性と腐植性状をもつテフリック レス デューンであることを示唆する.これは地形史的に冬季北西風と直交する西海岸の段丘崖に風食凹地(ブロウアウト)が発達し,その後にヘアピン・縦砂丘が分布することと矛盾しない.
キーワード:尻屋崎砂丘,クロスナ,粒度分布,理化学分析,テフリック レス デューン
(地理学評論 86-3 229-247 2013)
荒茶工場の経営形態からみた荒茶供給構造――静岡県牧之原市東萩間地区を事例として――
大石貴之
筑波大学大学院
本研究では,荒茶取引における品質決定のあり方を考察することによって,静岡県牧之原市東萩間地区における荒茶供給構造を明らかにした.荒茶取引は荒茶工場の経営形態に規定されることから,荒茶工場の経営形態ごとに,茶商との取引形態を分析した.東萩間地区における荒茶工場は,個人自園工場,個人買葉工場,茶農協工場,株式会社工場に分類され,個人自園工場や個人買葉工場は特定の範囲の茶商との直接取引や斡旋業者を介した取引によって,茶商との密な取引関係を構築し,それが比較的高品質な荒茶供給につながっていた.一方で茶農協工場や株式会社工場は,斡旋業者を介した取引や農協共販による取引によって,広範囲にわたる茶商との経済的な関係を構築し,質よりも量を重視した荒茶供給を行っていた.その結果,東萩間地区では,荒茶工場に対する茶商の関与度および,生葉生産農家に対する荒茶工場の関与度によって,製品の質が規定されるという荒茶供給構造が形成されていた.
キーワード::荒茶流通,供給構造,茶商,荒茶工場,静岡県牧之原市
(地理学評論 86-3 248-269 2013)
鳥取平野北西部,湖山池周辺における完新世後期の地形環境変遷
佐藤善輝*・小野映介**
*九州大学大学院生,日本学術振興会特別研究員DC,**新潟大学教育学部
鳥取平野北西部に位置する湖山池南岸の高住低地を主な対象として,完新世後期の地形環境変遷を明らかにした.高住低地ではK-Ahテフラ降灰以前に縄文海進に伴って低地の奥深くまで海域が拡大し,沿岸部に砂質干潟が形成された.また,K-Ahテフラの降灰直前には砂質干潟から淡水湿地へと堆積環境が変化した.その後,湿地堆積物や河川からの洪水堆積物などによって湿地の埋積が進行し,5,200?calBP頃までには陸域となって森林が広がった.一方,埋積の及ばなかった低地の北部では5,800?calBP頃までに内湾環境が形成された.以後,内湾は河川堆積物による埋積によって汽水湖沼へ変化し,4,600?calBP頃に淡水湖沼化した.湖山池沿岸部では縄文時代後期までに内湾から淡水湿地への環境変化が生じたことが共通して認められ,閉塞湖沼としての湖山池の原型はおよそ4,000~4,600?calBP頃までに完成したと推定される.
キーワード:完新世後期,鳥取平野,湖山池,高住低地,珪藻分析
(地理学評論 86-3 270-287 2013)
ICTを活用した医薬品流通システムの構築過程―川崎市北部の事例―
中村 努
東京大学大学院総合文化研究科学術研究員
本稿では,川崎市北部において,医薬分業が大病院で実施されるのに伴い,ICTを活用して医薬品を安定供給できるシステムがどのように整備されたのかを明らかにした.流通システムの整備には,差別化の手段として流通システムへの大規模投資を行った医薬品卸の経営戦略と,薬局へのICTの導入率を高める役割を担った薬剤師会による仲介が不可欠であった.川崎市北部は医療サービスに対する需要が大きい,人口に比して薬局,病院,入院病床などの医療資源が不足している,医療資源の多くを大病院に依存している,といった大都市圏特有の医療環境を有する.こうした環境を踏まえ,医薬品卸は情報システムへの大規模投資を行い,薬剤師会はすべての薬局が医薬品にアクセスできるよう,個々の薬局の利害を代表して,ICTの導入を間接的に支援した.こうした環境に対応した関係主体の行動によって,医薬品の安定供給においてICTの機能が発揮されることが明らかになった.
キーワード:情報通信技術,医薬品,医薬分業,医薬品卸,川崎市北部
(地理学評論 86-3 288-299 2013)