会 告
会長講演のお知らせ
下記の通り会長講演を行いますので多数御参加下さい.
1.日 時 3月28日(水)17時~17時45分
2.場 所 首都大学東京1号館第1会場
田林 明(筑波大):商品化する日本の農村空間
20世紀末の日本では,それまで基本的に農業生産の場とみなされてきた農村が,農業生産のみならず,余暇や癒し,文化的・教育的価値,環境保全など,その他の機能をもつ場として捉えられることが多くなった.現代の農村空間は,生産空間としての性格が相対的に低下し,消費空間という性格が強くなっている.この状況を「商品化する農村空間」として捉えることができる.Woods(2005)によれば,「農村空間の商品化」とは,たとえば観光活動や外部者の不動産投資,農村の産物などの販売,農村のイメージを利用した農産物やその他の商品の売り込み,といったことを通して農村の資源が「売買」されることである.急速に変化し,多様な要素を含むようになった現代の日本の農村空間を全体として捉えるためには,この「商品化」という視点が有効と考えられる.
日本ではさまざまな形で農村空間の商品化が進行しており,Perkins(2006)やその他の文献を参考に,農村空間の商品を整理すると次に示す五つの類型に分けることができる.第1のものは,米や野菜,果実,さまざまな畜産物など既存の農産物である.第2のものは,消費者の新しい生活様式や健康,ファッションにかかわる農産物である.特別に生産された米や野菜,果実,ミルク,肉,加工食品,健康食品,美容のための食品などがこれに該当する.第3の商品は,都市住民の農村居住にかかわるものである.多くの人々が都市で就業しつつ,農村に居住するようになっている.別荘やクラインガルテンなどを活用して,一時的に農村でゆったりした時間をすごす都市住民も多い.第4の類型が,レクリエーションや観光である.たとえば,都市周辺の農村では,散策やハイキング,農産物直売所や摘み取り園,市民農園を訪れることなどが,都市住民の日常的なレクリエーションとなっている.第5のものとして,景観や環境を保全したり管理すること,さらには農村の文化や社会を理解することによって,生活の質を高めようとする活動があげられる.ここでは農村空間の商品化を,必ずしも貨幣によって取引されるものに限定するわけではない.身の回りの自然遺産や文化遺産,そして生活そのものに価値を見出し,それによって住民は自らの地域に誇りをもち,地域への帰属意識を高め,精神的な満足を得るといったことも含まれる.
この講演では,まず,現代の日本の農村空間を「商品化」という視点から捉える意図について説明する.さらに,農村空間の商品化の諸類型がどのように分布し,日本の農村空間にどのような地域差を生じさせているかを検討する.大まかにいって,平坦地と山地域との違いや温暖地か寒冷地かといった自然条件の差,また,東京・横浜や名古屋,大阪・京都・神戸といった大都市の存在やそこからの近接性の高低などが作用して地域差が生じている.そして,農村空間の商品化を観光発展に結びつけようとしている栃木県那須地域の事例と,農村資源を発見し,保存・育成することによって地域発展をめざすエコミュージアム活動が展開している山形県朝日町の事例を取り上げ,商品化する日本の農村空間の具体的な姿と特徴を説明する.那須地域では,塩原温泉や板室温泉,那須高原といった個々の観光地の連携によって多様な広域観光地域を形成すれば将来における発展の可能性が考えられ,それを可能にするのが農村空間の商品化による農業・農村資源の観光への活用である.朝日町では,地域住民の自発的な地域資源の活用と維持・管理活動が活発に行われ,それが住民の生活の質を高めるとともに,地域社会の維持につながっている.