下記の通り会長講演を行いますので多数御参加下さい.
1.日 時 3月19日(土)16時45分~17時30分
2.場 所 第1会場
松原 宏(東京大):日本の地域政策への地理学の貢献
2021年6月に国土交通省の「国土の長期展望専門委員会」(増田寛也委員長)が,「国土の長期展望」最終とりまとめを公表した. 今回の長期展望では,コロナ禍という異常事態があぶり出した東京一極集中などの国土構造の歪みが意識され,その一方でデジタル化の進展が新たな要素として加わり,とりわけローカルの視点で,新たに「地域生活圏」という概念が打ち出された点が注目される.
今後,第3次「国土形成計画」(全国計画と広域地方計画)に向けた動きが活発になると思われるが,地理学はいかに関わっていくのだろうか.本講演ではまず,日本の国土政策史の流れに沿って,地理学者がどのように関わってきたかを検討することにしたい.
国土政策史においては,国土政策の出発点をいつにするかも議論になるが,仮に1940年とすると,戦前と戦後の国土計画の「断絶と連続性」とも関係して,企画院と内務省都市計画課,経済安定本部と内務省国土局,国土政策の「司令塔」をどう捉えるかが一つの論点となろう.また,戦後の全国総合開発計画において,特定地域総合開発計画をどう位置づけるか,一全総から「五全総」までの流れをどう分けるか,こうした点も論点といえよう.本講演では,これらの論点を軸に,立地論者や地理学者の関与を整理し,地政学と立地論との関係,地理学の学際性や総合性の意義と課題などについて,考えてみたい.
ところで,新たに提起された「地域生活圏」をめぐっては,地域の空間スケールを重層的に捉える地理学の視点が重要だと思われる.この点に関して,本講演の後半では,産業立地政策と地域イノベーション政策を取り上げることにしたい.
日本の産業立地政策は,戦後50年間,工業の地方分散を基調としていたが,21世紀に入り,地域の自立や国際競争力をめざす産業集積に力点を置いた政策に移行した.ただし,この間の「産業集積政策」を比較すると,計画区域の制度設計において,揺れ動きがみられる.すなわち,経済産業省が2001年に打ち出した「産業クラスター計画」においては,従来の都道府県を中心としたものから,全国9地域の経済産業局が政策主体となり,各地方ブロック圏域が対象地域となっていた.これに対し,「個性ある産業集積」をめざした2007年からの「企業立地促進法」においては,地方分権の下で,都道府県が中心となって基本計画を定め,国が同意する形になり,同意地域は日本列島全域に広がり,2012年4月時点で198計画を数えるまでになった.2017年に施行された「地域未来投資促進法」においても,その前身の「企業立地促進法」と同様に,都道府県や市町村が基本計画を作成し,国が同意する仕組みが中心で,2021年末時点で同意された基本計画は257を数える.しかしながら,その一方で広域的な連携を含む,地域の公設試験研究機関等が連携する「連携支援事業」を,国承認の事業として新設した点は注目に値する.こうした広域連携を重視する施策の導入には,経済地理学による産業集積研究の知見が反映されていることを指摘したい.
国土政策や産業立地政策と比べると,地域イノベーション政策は,比較的新しい政策分野といえる.2002年からの文部科学省による「知的クラスター創成事業」などでは,大学のシーズを中心とした産学官連携が主とされたために,地域の空間スケールについて考慮されることは少なかった.その後,地方創生の観点から地域イノベーションが重視されるなかで,知識フローの空間特性や地域の技術軌道など,内外の地理学での議論をふまえた施策の重要性が認識されるようになってきている.
以上,国土政策,産業立地政策,地域イノベーション政策を取り上げ,学際性や総合性,空間スケールの重層性,知識や技術の地域性といった3点から,地理学の重要性を指摘した.当日は,新たな視点や可能性も含めて,地理学の果たしうる役割について考えてみたい.