2021年日本地理学会春季学術大会(オンライン)において,下記の通り前会長講演を行いますので多数御参加下さい.
参加申込みはこちらです(締切:2021年3月16日(火)12:00).
1.日 時 2021年3月26日(金)16時15分~17時
2.場 所 第1会場
村山祐司(筑波大学名誉教授):空間情報技術が導く地理学方法論の発展――発展途上国における都市化研究を例に――
深刻化する地球環境問題を背景に,近年,空間情報技術を活用した地球環境変化のモニタリングが注目を集めている.特に,地理空間データが不足する発展途上国では,RS(リモートセンシング),GIS(地理情報システム),GPS(汎地球測位システム)などを駆使した衛星画像解析が,国土変容(景観や土地利用の変化,地形の改変,災害の発生,気候変動など)の実態を把握する有力な手段として年々存在感を増している.発展途上国では,地図や統計,観測データ,行政資料などを網羅的に入手することはきわめて困難であり,とくに自然・社会・経済的なデータを時系列的にそろえるには多大な労力が必要になる.
今日,Google Earth EngineやTellusなどを通して,膨大な地球観測データをだれでも容易に入手できる環境が整いつつある.Landsat,ALOS,Sentinel,MODIS,ASTERなどの衛星画像を用いた実証研究が地理学界にも浸透してきた.それに伴い,発展途上国を舞台に新たな地理学の方法論や研究枠組が興隆しつつある.地理学者には,既存の衛星画像データを単に実証研究に利用するだけでなく,汎用性のある地理空間データを創り出したり,あるいは高度な空間分析機能を開発したり,さらには新たな研究方法を構築し地域研究に応用するなどして,発展途上国を対象とする学術研究に貢献することが期待される.
村山研究室(筑波大学)では,ここ10年余衛星画像解析による発展途上国の都市化研究に取り組んできた.本プロジェクトは,アジア・アフリカにおける40を超える大都市を対象に,各種の地理空間情報をデータベース化しWebGISを構築するとともに,各都市の空間構造や成長プロセス,都市間相互作用などを究明することを目的としている.この講演では,私たちのグループがRSやGISを用いて開発した時空間分析の諸手法や実証研究の結果を紹介するとともに,本プロジェクトで得た成果や経験を踏まえ,空間情報技術が地理学方法論の発展にいかに寄与するのか,その有用性や可能性について考えてみたい.自然的データと人文社会的データを一括管理することによって,統合的な分析を可能にする空間情報技術の進展は,専門分化が進み,ともすれば交流が希薄になりがちな人文地理学者と自然地理学者を再結集させ,総合の科学を自負する地理学の地位向上に寄与するに違いない.
1950年代にアメリカで起こった計量革命,1990年代に興隆したGIS/RS革命を経て,今私たちはAI革命の真っただ中にいる.データ時代を迎え,膨大な地理空間データを瞬時に可視化したり,日々蓄積される個別データをリアルタイムで分析したりできる空間情報技術の発展は,研究のあり方や伝統的な時間概念・空間概念の再考を地理学者に迫っている.換言すれば,集計的思考から非集計的思考へ,空間分析から時空間分析へ,バッチ処理からリアルタイム処理へ,モデル駆動からデータ駆動へ,仮説検証から仮説構築へと,従来の地理学方法論からの脱皮と転換を促している.
地理学者は,過去から現在に至る空間プロセスの解明に情熱を注いできたが,未来を予想することには消極的であったように思われる. フィールドワークや実験を通じて地理的変化のメカニズムを熟知する地理学者は,空間情報技術を武器に,シナリオ分析やシミュレーションを駆使して現実を見据えた最適解を提示し,持続可能な地域の将来像を描けるはずである.フォアキャスティングとバックキャスティングを併用しながら,過去・現在・未来を自在に往来し,帰納的に予測を試みる手法には説得力がある.真理の探究をめざす理学的思考に社会実装をめざす工学的思考を加味し,問題解決指向の学問として社会に貢献することが地理学に期待される.