東日本大震災からの復興に向けた地理学からの提言
社団法人日本地理学会 理事会
地理学は自然と人間との関わりを研究してきた伝統のある学術領域である。地理学研究者は、自然科学、社会科学、人文科学の問題意識と研究手法を踏まえて、多様かつ総合的なアプローチによって、人類が直面するさまざまな課題を認識し、その解決に向けて努力してきた。このたびの東日本大震災からの復興に向けて、地理学と地理学研究者の果たす役割は大きい。5月28日に開催された日本地理学会緊急集会「東日本大震災からの復興と地理学―貢献のあり方を考える―」での討議を踏まえて、以下を提言する。
1.自然環境の正確な認識の必要性
日本の国土とその資源を有効に利用して私たちが生活していくためには、日本および世界の自然環境を正確に理解することが不可欠である。地理学は、自然環境の特徴および自然に対する人間のインパクトについて理解を深めるために重要な役割を果たす。自然環境に関する地理学的な知識の重要性が広く認識され、それが有効に活用されることを期待する。そのためにも、学校教育および社会教育における地理学習の重要性を強調したい。
2.大震災に関する科学的研究の促進
大震災の発生と影響を正確に理解し、復興のあり方を検討するためには、科学的研究の蓄積が基盤となる。日本地理学会災害対応本部ホームページには、日本地理学会会員からの情報や研究成果が集約されている。また、日本地理学会が毎年開催する秋季および春季の学術大会は、大震災に関する研究成果を公表し討論する場を提供する。日本地理学会は、今後も大震災に関する科学的研究の蓄積と発信に向けて努力を続ける所存である。
3.社会への積極的な参画と情報発信の必要性
日本地理学会および地理学研究者は、地理学的な研究成果を社会に向けて発信し、具体的な形で還元する努力を行うべきであると認識している。日本地理学会は専門地域調査士の資格を認定しており、この資格を有する人材が、それぞれの地域の復興委員会等の組織や復興事業において活躍することが大いに期待される。また、大震災関係のシンポジウムを企画し、大震災に関する地理学の貢献を広く社会に情報発信していく所存である。
4.新しい開発理念に基づいた復興グランドデザインの必要性
東日本大震災に直面して、自然と人間との関係のあり方を再検討することが迫られている。人間は、科学技術の発達につれて、自然の力を軽視するようになり、大規模な自然改変や巨大開発を行ってきた。しかし、大震災からの復興のためには、人間生活と自然災害との関係を再考し、新しい開発理念に基づく復興グランドデザインの策定が必要である。こうした復興計画の策定における地理学と地理学研究者の積極的な参画が期待される。
5.ローカルな地域の実情に即した復興事業の推進
地理学は、さまざまな地域スケールを設定し、自然から社会・経済・文化を含めた地域に関する諸問題の研究に取り組んできた。フィールドワークに基づいて地域に密着して研究してきた地理学研究者の経験や地理学の研究成果が、人々の生活、地域社会、地域経済を復興するために有効に活用されることが望まれる。長期的視野に立ち、地域の実情に即して復興計画を策定し復興事業を実施するには、地理学的発想が果たす役割は大きい。
6.地理教育の復興に向けての支援事業
日本地理学会は、4月11日の「地理(社会科)授業再開に際しての教科書・教材整備に向けた緊急提言」で述べたように、被災地の児童生徒が一日も早くより良い環境で勉学ができるよう協力を惜しまない。会員および一般からの賛助金と学会の拠出金に基づいて、被災した小学校・中学校・高等学校における地理教育の復興を支援するために、「東日本大震災地理教育復興支援事業―被災校に地理教材を!―」を推進することを強調したい。
7.防災教育の推進における地理学の重要性
将来の大震災に備えるために、長期的な視野で防災教育を実践する必要がある。高齢化が進む社会において、地域の防災活動に地道に取り組むことが求められる。また、子どものころから自然と防災について理解を深めるために、初等中等教育における地理学習の役割は大きい。災害発生時に柔軟に判断する地理的想像力を培い、機転の利く地域社会を作る必要がある。こうした防災教育の推進のために地理学が活用されることを期待したい。
8.日本の経験を世界に発信する役割
人類の持続的な発展を実現するために、東日本大震災の経験とそれに関連する研究成果を世界に発信していきたい。国際地理学連合の2013年京都国際地理学会議では、こうした課題に関する活発な討議が期待される。また、日本地理学会は、英文学会誌Geographical Review of Japan Series B、およびシュプリンガー社から刊行予定の英文叢書International Perspectives in Geography: AJG Libraryを通じて、国際的な発信に努める所存である。