会告
下記の通り会長講演を行いますので多数御参加下さい.
1.日 時 3月29日(火)16時30分~17時30分
2.場 所 明治大学リバティタワー第1会場
田林 明(筑波大):商品化する日本の農村空間
日本の農業と農村は20世紀後半から大きく変化した.近年の大きな変化は,それまでの画一的・大量生産・効率追求の農業から,少量多品目・環境保全・持続性を強調する農業への転換がおきたことである.そして,これまで基本的に農業生産の場とみなされてきた農村が,農業生産のみならず,レクリエーションや癒し,文化的・教育的価値,環境保全など,その他の機能を持つ場として捉えられることが多くなった.現代の農村空間は,生産空間としての性格が相対的に低下し,消費空間という性格が強くなっている.この状況を「商品化する農村空間」として捉えることができる.Woods(2005)によれば,「農村空間の商品化」とは,たとえば観光活動や外部者の不動産投資,農村の産物などの販売,農村のイメージを利用した農産物やその他の商品の売り込み,といったことを通して農村の資源が「売買」されることである.
イギリスではサッチャー時代の農村政策によって,農村空間の商品化が進んだとされる(Cloke 1992).具体的には,居住地域,農村コミュニティ,農村の生活様式,農村文化,農村景観,そして新しく商品化された農産物のみならず都市から持ち込まれた工業製品など,さまざまな「商品」に市場が開かれた.急速に変化し,多様な要素を含むようになった現代の日本の農村空間を全体として捉えるためには,この「商品化」という視点が有効と考えられる.
現在,さまざまな形で農村空間の商品化が日本では進行しており,それを整理すると次に示す五つの類型に分けることができる.第1のものは,米や野菜,果実,さまざまな畜産物など既存の農産物である.これらはいわば古くからの商品である.第2のものは,消費者の新しい生活様式や健康,ファッションにかかわる農産物である.特別に生産された米や野菜,果実,ミルク,肉,加工食品,健康食品,美容のための食品などがこれに該当する.近年環境保全を重視する人々が増えたことから,有機食品や無農薬やトレーサビリティ可能な食品への関心が高まっている.第3の商品は,都市住民の農村居住にかかわるものである.多くの人々が都市で就業しつつ,農村に居住するようになっている.定年退職した人々が,農業を始めたり田舎暮らしを楽しんだりする例も増えている.別荘やクラインガルテンなどを活用して,一時的に農村でゆったりした時間をすごす都市住民も多い.第4の類型が,レクリエーションや観光である.都市周辺の農村では,散策やハイキング,農産物直売所や摘み取り園,市民農園を訪れることなどが,都市住民の日常的なレクリエーションとなっている.大都市から離れた農村では,壮大な自然景観や温泉,大規模なスキーリゾート,海水浴場,観光農園,農村のスポーツ施設などが観光客を引きつけている.第5のものとして,景観や環境を保全したり管理すること,さらには農村の文化や社会を理解することによって,生活の質を高めようとする活動があげられる.
この講演では,これらの諸類型がどのように分布し,日本の農村空間にどのような地域差を生じさせているかを検討する.さらに,農村空間の商品化を観光発展に結びつけようとしている栃木県那須地域の事例と,農村資源を発見し,保存・育成することによって地域発展を目指すエコミュージアム活動が展開している山形県朝日町の事例を取り上げ,商品化する日本の農村空間の具体的な姿と特徴を説明する.